協会の沿革

大正12年(1923年)7月
新潟市に方面委員(現在の民生児童委員)制度施行、5方面定員15名
大正13年(1924年)8月
方面委員活動の助成を主目的に、有志及び方面委員が「新潟市方面委員後援会」を組織
昭和3年(1928年)3月
方面委員や篤志家の純粋な隣人愛・同胞愛に基づき、会員組織とし「新潟市社会事業助成会」として発足
昭和 6年(1931年)6月
「有明松風園」(現在の信楽園病院)を設立、結核患者の収容に当たる
昭和 7年(1932年)4月
新潟市古町13番町に民家を借り入れ、「隣保館」を設立、県下初のセツルメント事業開始
昭和 8年(1933年)7月
4代高橋助七氏私財を投じて市内田中町に「新潟隣保館」を新築助成会に寄付。セツルメント事業を新潟隣保館に移転
昭和 9年(1934年)8月
「山ノ下保育所」を新築、新潟市に貸与
昭和10年2月
財団法人認可
昭和17年1月
愛国婦人会新潟県支部から「新潟保育園」を継承し、保育事業を開始
昭和19年7月
新潟隣保館に保育所を併設(現在の「隣保館保育園」)
昭和24年12月
新潟市同胞援護会事業を吸収(3月)し、「財団法人新潟市社会事業協会」と改称。新潟育児院から学校町保育園を継承「富山保育園」と改称、経営に当たる
昭和25年3月
山ノ下保育所を新潟市に寄付
昭和27年2月
5代高橋助七氏新潟保育園内現敷地の約3分の2の土地を協会に寄付
昭和34年4月
社会福祉法人認可
昭和42年9月
県下初の「特別養護老人ホーム松風園」設置
昭和43年3月
富山保育園を閉鎖、園舎を新潟市に寄付
昭和43年10月
病院の名称を現在の「信楽園病院」に変更
昭和55年4月
県下初の「児童厚生施設有明児童センター」設置
昭和56年5月
「社会福祉施設有明福祉会館」設置
昭和57年4月
「東小針保育園」設置
平成元年4月
「特別養護老人ホーム有明園」を社会福祉法人新潟市有明福祉事業協会より移管
平成 2年4月
県下初の「在宅障害者デイサービス施設」設置(H15.4.1身体障害者福祉センターに改称)
平成 4年3月
「老人介護支援センター有明園」設置
平成 4年4月
「老人デイサービスセンター有明園」設置
平成 5年4月
「有明訪問看護ステーション」設置(平成18年4月「信楽園訪問看護ステーション」に改称)
平成 7年10月
「特別養護老人ホーム松風園」老朽化のため赤塚地区に移転新築、併せて「老人デイサービスセンター松風園」・「老人介護支援センター松風園」新設
平成 9年6月
「信楽園西川診療所」設置(平成18年3月閉所)
平成 9年8月
「老人デイサービスセンター鏡淵」設置
平成12年4月
「介護老人保健施設あかつか苑」・「信楽園あかつか診療所」・「有明訪問看護ステーションあかつか(サテライト)」設置(平成18年3月サテライト閉所)
平成18年4月
「新潟市地域包括支援センター赤塚」の受託経営
平成18年5月
「信楽園病院」新通地区に移転新築及び「信楽園病院附属有明診療所」設置
平成19年1月
「信楽園病院附属有明診療所」新築
平成26年1月
「特別養護老人ホーム有明園」老朽化のため移転新築
平成29年3月
老朽化のため「隣保館保育園」を現在地に移転新築